車屋寅次郎ものがたり

30年

2025.01.17

社長ブログ

私のバンド友達で、関西で活動されてる方の阪神淡路大震災の投稿です。

あれから30年・・か

震災当日、当時所属していた消防団に派遣要請があり、団員16名のうち連絡がついた4人で震源地へ向かいました

道の両側の家はほぼすべて1階が潰れて平屋が並んでいるように見えましたが、道には瓦礫が山のようになっていました

屋根の上にいた人に、このあたりにお婆さんが寝ていたはずなので助けて欲しいと言われ、屋根を破り部屋の中まで入っていきましたが、幸い自力で脱出した後だったようです。
近所の人だったようですが、どこで寝ているまで知っていた事に少々驚きましたが、このような地域内での繋がりの強さが大きな減災に繋がったと、後で知りました。

どこかの役人風の人に、人が通れるように瓦礫をどけて欲しいと言われ、数十人で瓦礫を片付けました。
翌日ニュースを見ていると、お国の偉い人が視察に来てその道を歩いているのを見て、何とも言えない気持ちになりました。

その震源地は今でもたまに通りますが、当時ご遺体を安置していると噂で聞いた会館が廃墟となって残っていたり、家はみんな新しくなっていますが、高齢者世帯が多かったので、多くは空き地のままになってのを見るたびに当時の事を思い出し、とても30年も前の事とは思えないです。

写真は適当な拾い物ですが、まさにこんな感じでした
当時は携帯が出始めで、100人に1人くらいは持っていたとしてもカメラどころか何も余分な機能は付いてませんでした

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